2015年2月5日木曜日

上村一夫原画展「扉・絵」@神保町クラインブルー



3月30日から、上村一夫展ではお馴染みの店、神保町クラインブルーで原画を飾ります。
今までは「ブルーな女たち」とテーマをつけて、クラインブルーの雰囲気に合うような絵を意識して飾ったりしていましたが、今回は「扉絵」をテーマに展示します。
去年、京都嵯峨芸術大学で回顧展をさせていただいたときに、漫画作品の紹介の意味で扉絵を何枚か展示したのですが、あらためて扉絵の力は凄いな、と思い、今回も試みることにしました。
「扉絵」という言葉の響きは、口絵とか、表紙に比べると詩的で素敵な感じがします。
ちなみに英語だとfrontispieceって呼ぶらしいですが、やっぱり扉絵の方が素敵です。

というわけで、是非この機会に上村一夫の扉絵を観にいらしてください。
お店はcafe&barなので、珈琲やお酒を片手に楽しんでいただければと思います。
心よりお待ちしております。

上村一夫原画展「扉・絵」
場所:神保町クラインブルー(cafe&bar)
期間:2015年3月30日(月)~4月19日(日)
時間:12:00〜24:00(月-土)、12:00〜19:00(日・祝)


2015年2月3日火曜日

愛の犯罪者




昨年の東京国際映画祭コンペティション部門に出品されたこの映画。
原題は『L'amour est un crime perfait』、邦題は『愛の犯罪者』。
監督はアルノー&ジャン=マリー・ラリユー、
主演はマチュー・アマルリック。

Twitterで、主人公の大学講師が大学の講義で上村一夫の言葉を引用している!と書かれていたので公開を楽しみにしていたらいつのまにかDVDになっていたのでAmazonで買いました。



” 日本の漫画家 上村一夫の言葉だ。人への影響で最も強いのは原体験ではなく、その人の過ごした原風景だ ”

これは最初、『関東平野』の単行本のカバーの袖に書かれた言葉ですね。
ラリユー兄弟のどちらかがフランス語版『関東平野』を読んでくれたのでしょうか、
たった数分の場面だったけど、なんだかとても嬉しかった。
フランスで出版できたことにあらためて感謝します。

2007年に、初めてベルギーのKanaに『同棲時代』を紹介したとき、担当の編集長が「シネマ!」と言ってくれたことを今でも覚えています。
『ベティ・ブルー』を観た時に、『同棲時代』に共通する世界観を感じたので、きっとフランス圏ならわかってくれるはず、と単純に思い込んでいました。
この『愛の犯罪者』の原作も『ベティ・ブルー』のフィリップ・ジャン。
映画『ベティ・ブルー』の公開は上村一夫が亡くなった1986年でした。
原風景についての考え方しかり、愛の描き方や人が堕ちていくときの表現など共通するものを感じます。

上村一夫作品がお好きな方にはお薦めしたい映画です。


1973年、「同棲時代」連載の合間に欧州旅行を敢行した父。
あの頃、ヨーロッパでは今のように日本の漫画が読まれてはいませんでした。
父は一旅行者として海を渡り、日本の酒場を巡るように各国で毎夜酒を飲み、魅力的な異国の女性に鼻の下を伸ばしたり、街角でスケッチをしたり、初めてのヨーロッパを満喫していたようです。

証拠写真。(写真提供はイタリアの漫画研究家パオロさん)


亡くなって30年も経ってから自分の漫画がヨーロッパで読まれていること、想像したでしょうか。

とにもかくにもよかった。いろんな意味でよかった。
うれしいから恵方巻を西南西に向かって勢いよく食べよう!

2015年1月11日日曜日

命日

1月11日は上村一夫の命日です。
今年も横須賀墓参り。
例年より穏やかな日差し。


お墓は小高い丘の上にあります。
祖父が懇意にしていた住職が眺めの良いこの場所を選んでくれたとか。
加齢とともにしんどくなる階段をひたすら登って墓前まで。
辿り着いたお墓の前で振り返れば父の十八番だった「港が見える丘」を思い出すような景色が広がります。



仏花はカサブランカと千両で和洋折衷。
上村家が賑やかだった頃、華やかな叔母達がいつも大きな百合を携えて来たことがいまだに記憶に鮮明で、つい買ってしまいます。

お墓の植木が少し大きくなっていたので持ってきた鋏で剪定も。
杉のようなこの植木、油断すると巨大なアフロのようになり、隣のお墓にまで枝を伸ばしてしまうので要注意なのです。

人気のない山の墓地。空からはトンビの鳴き声。
ゆっくりとした時間を楽しみながらの墓参りです。

帰りは大好きな戦艦三笠を眺めに新港ふ頭へ。
普段東京に引きこもっている自分が唯一眺める海。


戦艦三笠。中央の像は東郷平八郎元帥です。


ちなみに、これは1982年にWeekly漫画アクションの「私の故郷」シリーズに上村一夫が描き下ろしたもの。

よーく見ると東郷元帥像の足元に人形のような子供が描いてあります。
どうやらこれは姉二人に女物の着物を着せられた五歳の上村一夫のようです。
晩年の上村一夫からは想像もできませんが、昔は丸顔のパッチリお目目の可愛い子供だったとか。

その後、戦争が始まり、千葉県の八日市場へ疎開した父。
最初の原風景はこの港町だったのかもしれないと思いを馳せる横須賀の一日でした。






2014年11月11日火曜日

禁断の特典『エロトピア1974』

ついに出来上がってきてしまいました!
上村一夫のまんだらけビブリオテークシリーズ特典『エロトピア1974』が!!

ご紹介の前に、、、お届けが遅れてしまったことをお詫び申し上げます。
大変お待たせして申し訳ございませんでした。

ということで、春の予定が秋になり、冬の手前にようやく完成したこの豪華特典。
ヤバいヤバいと思いつつ、その仕上がりを何より楽しみにしていました。
完成品はその想像を遥かに超えています。
ご覧下さいっ!


 その禁断の一冊の内容は。。。

「淫婦変幻」(岡崎英生・作)
「煉獄の少女」(岡崎英生・作)
「陰獣の湖」

以上三作品が収録されています。これは「悪の華」連載直前の1974年、同じ『漫画エロトピア』誌に発表された作品です。
単行本未収録です。レアです。もうドロドロの世界です。

そして、巻末には、当時の「漫画エロトピア」担当編集者・尾原和久氏と、上村一夫の原作者として数々の名作を生んだ 岡崎英生氏の豪華対談を収録!
上村一夫のこと、当時の劇画シーンの面白いエピソードが満載です。

これ、絶対もらったほうがいいです。
シール2枚貼ってまんだらけに送るだけです。
本をお買い上げいただいて以降、お忘れになっている方がいらしたら、この機会に是非応募してみてください。全員プレゼントです!
応募要項はコチラ







2014年9月12日金曜日

浮世絵シリーズ、その後。

秋の夜長に、こんなものを整理しています。
上村一夫が1974年から1978年までスポーツニッポンの日曜版で連載していた
「浮世絵シリーズ」の記事です。
現代の浮世絵のごとく風俗や女性を気ままに綴った短冊のような形のエッセイとイラストでした。
この時期の上村一夫が描いた女性たちは表情豊かでとても美しく、生き生きとしています。
そこにちょっとコミカルだったり哀愁が漂っていたりする本人のエッセイが組み合わされ、なかなか面白い読み物になっています。周りの上村マニアックスの面々にもすこぶる評判が良いので、いつか本にまとめてみたいと以前から思っているシリーズです。
ただ、すべての資料が残っているわけではないので、5年分の記事をどうにかして探し出してデータにしなければなりません。
どんな形で復刻するのがよいのか、いまだ手探りの日々です。
今日はその中から一部ご紹介してみます。



これは第一回目と思われる記事。
1974年2月17日の新聞です。
現存する新聞の切り抜きは劣化してこんな色に。

以下、文章の部分
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 パリへ行ってきたなんて女の子は、ざらにいる時代である。この娘も花の都でワインの味を覚えて帰ってきた。ひと晩に1本のワインボトルを飲みほしてしまうこともたびたびある。ただし飲みほす頃にはもう、へべれけの酒乱に変わり、自分の部屋に招いて相手をさせていたボーイフレンドにそのワインの空ビンを投げつける。「恐ろしいな」と言うと「ワインのビンってがん丈でなかなか割れないのよ」と答えた。彼女の部屋にはもうワインの空きビンが60本もたまっているそうだ。その酒乱ぶりに恐れをなして逃げ帰った恋人の数も六十人目ということか。
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と、そんな上村マンガに登場してきそうな女性のことが書いてありました。
さて、次は劇画家の日常から。1974年4月21日の新聞です。


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劇画稼業なんて朝から晩まで机に向かい、墨汁のすえたにおいとペン先の鋭利な冷たさに身も心も削られていく不健康なる肉体労働である。必然的にストレスもたまる。だから酒を飲む。飲んでも飲んでもちっとも酔やあしない。足はいつのまにか新宿の裏路に迷い込み、オカマにハントされて怪しげな店へ連れ込まれる。オカマとは図式のようなもので、女のしぐさの端々を象徴的に分析し己の動作に加え込んだ同性であり、そんなパターン化されたしぐさに囲まれて、はじめて酔いつぶれることのできる私も、やはり図式化された日常を送っているからであろう。
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劇画家の哀愁。。。




この浮世絵シリーズ、おそろしいことに家族ネタもたびたび飛び出します。

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今の子供等は自分達はあと2、3年くらいしか生きることが出来ないと信じている。マスコミがあげて日本沈没を吹聴したためか、それとも自分らの霊感で感じとったことなのか。とにかくかわいそうな子供達である。私の幼少期は多少の飢えはあったけれど、やがていつかはおいしいものを腹一パイ食える日が来ると信じただけでも明日への希望があった。私の九歳になる娘の好物はイモとトウモロコシである。私は自分が、幼少期に食い飽きているそれを見るのもきらいだけれど、TVを見つつ無表情に食べている娘を見ているのもなんともやりきれないものだ。
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えっ、イモとトウモロコシ...そんな子供でしたか、わたし。。



次は、1978年2月5日の新聞より。
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映画「未知との遭遇」を見た。年に二、三度しか、それも場末の映画館にしか行かない私には、大劇場の、大スクリーンに、大音響で映し出された大UFOに、胸が熱くなった。映画は「大きい」だけで十分よろしい。今の子供たち、とくに昭和四十年生まれの子供は、自分たちを宇宙人だと信じ込んでいる。私の娘もそのひとりだ。それも「親離れ」「親不信」の表れだろうし、そう言われてみると何となく娘が宇宙人に見えてくる。「未知との遭遇」の試写会後、雑誌の編集者と待ち合わせている酒場へ出向いたら、先に着いていた編集者が私の顔を見るなり「泣いていたそうですね」とからかいやがった。誰かが電話で知らせたらしい。画面を見ずに他人の顔を見に映画館へ来るヤツこそ宇宙人だ。
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SF好きな昭和の絵師でした。



最後はちょっとぐっときた編。1978年1月8日の新聞です。
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食っちゃあ寝、起きちゃあ食いの正月だった。こんなの初めてだ。去年までは二日も家にいたら、もう落ち着かなくなり、街へ出るか、知人宅を訪れるかしたものだったが…。体力の衰えも感じない、借家住まいは住み心地のよいわけでもない。なぜだろうと考えたら、それは娘のせいだった。娘が台所に立って、洗いものをしている姿をかい間見たとき、これはもう使えると、以後、ビール、水割り、ロックにつまみと、思いのまま。家内は他人で用も頼みにくいけれど、子供とは以心伝心。関白の座は妻ではなく、子供が請けてくれるものだと亭主は知った。一年間ろくに顔もあわすことが出来ない親子だからこそ、娘の成長に目を見張り、そのありがたさを知ることができるのだと、どっかりコタツにへびりついたまま、テレビのチャンネルがえの命令を飛ばす父は、娘にお年玉をやるのを忘れていた。
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上村一夫当時38歳、愛しいダメ親父でありました。




2014年8月30日土曜日

いろいろ発掘の巻

昨晩、Eテレの「ニッポン戦後サブカルチャー史」で特集していた
「雑誌ワンダーランド 70年代」、今まさに古い雑誌の整理をしている最中なので
なんともタイムリー!残念ながらヤンコミは登場しませんでしたが。。。

個人的に好きなのは『平凡パンチ』の表紙を飾っていた大橋歩さんのイラスト。
いま見ても実にカッコイイ。



70年代は劇画ブームで面白い劇画雑誌が次々と創刊されていましたが、
その中でも「タッチ」はひときわ目を引きます。
上村作品の原作者でも有名な岡崎英生さんが少年画報社を退社されてから
お仲間と作った幻の月刊誌。表紙は上村一夫画のマリリンの号。



こちらは、サンデー毎日増刊号の「劇画&マンガ」。豪華!
こんなに面白い漫画家がたくさんいたんだなあ、とあらためて思います。
いまこの雑誌のシリーズまるまる復刻したらすごく面白いのではないでしょうか。





そんなこんなで、今日も古い雑誌に埋もれつつ。。。
ついに発見しました!上村一夫のギャグ漫画!
ちょっと写真ボケちゃいましたが、どうやら『どんっ 』というタイトル。
(カスタムコミック・1981年8月号に掲載)


今の時代ならゆるキャラになっていたのではないかと思われる
可愛らしいスペルマ君のお話です。(ならないか)



はたまた、こちらは衝撃のSF作品『原宿888』。平凡パンチの888号を記念して描かれた短編です。昨日、世田谷文学館で「日本SF展」を観ただけに、反応してしまいました。
なんと真ん中のおっぱいから卵産まれます。



短編で秀作も。
「小春情炎」(原作:東 史郎)。週刊漫画ジョー'78掲載。


「やさしい女」 1973年の劇画ゲンダイ掲載。


どちらもいつかどこかで発表したい短編です。


最後に、こちらは上村一夫絶筆と思われる作品『ヒットラーのワイン』。
原稿が残っていないので未読でしたが、ようやく読むことができました。


以前からどんな話なんだろう、と思っていましたが、意外にも冒頭から実にリアルな上村一夫本人と思われる人物が登場。実体験を置き換えたお話かな。


作中に45歳にして男は終わっていた、というようなセリフ。
うなずける気がします。(精神的にも肉体的も老成した人でしたから)






オマケ
週刊漫画サンデーの「劇画プロダクション拝見」のページ。
1972年だから「同棲時代」で忙しくなり始めた頃でしょうか。
本人、恐ろしく似てるし。(絵と文:西沢勇司氏)


事務所には小さい頃何度か遊びに行ったことがあるけれど、なんだかむさ苦しくて慌ただしくて落ち着かなかった記憶が。

70年代を駆け抜けた漫画家の匂いがプーンと漂ってくるような夏の終わりの一日でした。







2014年8月17日日曜日

白い光の夏まつり

上村作品愛好家の方々には、8月のこの頃になると「関東平野」が読みたくなる、
という方が多いそうで。




季節を感じて、無性に読みたくなる漫画っていいですね。


お盆明け、
今日はなかなか片付かないままの雑誌の整理を。
昔の雑誌がおもしろ過ぎて...つい読んでしまいます。

「平凡」とか「明星」とか、「GORO」、「週刊女性」など、
グラビア誌や女性誌を中心に整理してみました。





これは1970年9月号の「平凡」に掲載されていた「ガラスの部屋」。
当時公開されていたイタリア映画「ガラスの部屋」と劇画のコラボレーションだそうで。


劇画ロードショー!写真が組み込まれています!


あと、ガラスつながりで「ブロンディ/ガラスの心(ハート) 」


これは1980年の「サウンドレコパル」に掲載されていました。
他の号ではリンダ・ロンシュタットの話も描いていたり、
上村一夫と洋楽。おもしろかったです。

こんな風に単発で描いていた掲載誌が今までは手元になかったので、
とても嬉しく、また発見もたくさんあります。

資料として雑誌を沢山送ってくださった上村ファンのO様に感謝。

いつか皆様にもご覧頂きたく。